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2011年6月 9日 (木)

手術室へ

 手術から2週間たった。
 リハビリのための散歩は、ほんのわずかだが歩く速さ速くなり、初日は止まっているように見えたであろう歩みが、今日はゆっくり歩いているように見えたと思う。だが、前かがみになると胸のなかを針で刺されるような鋭い痛みは、まだ消えない。

■5月27日 (入院2日目=手術日)
 6時起床。ある程度眠ることができたので、目覚めは悪くなかった。
 1ヶ月前に手術日が決まってから、今日に向けて心と体調を整えてきた。それがうまくできたと思う。

 1つやり残したことがあるとすれば、遺言を書けなかったことだ。財産はないに等しいので不要といえば不要だが、わずかではあるが手術失敗の確率や、手術中に大地震がくることを考えると、家族への思いを書き残しておきたかった。だが、書く時間がもてなかった。おそらく、手術中の事故などありえないと思っていたのだろう。
 僕には不思議な自信がある。かつて中国の登山で17人の仲間を亡くしたことがあるのだが、それから10年以上彼らの遺体を捜し続けて、そのほとんどを収容した。捜索のために危険な氷河を何度も歩いたが、自分は17人に守られているから、不慮の事故に遭うことはないと信じてきた。
 今回もそう思うのだ。もし癌ならば、そろそろ彼らに呼ばれたのだろうと思うが、その過程で不測の事故によって死ぬことはないと思いこんでいた。

 7時過ぎ、手術に立ち会うため両親がやってくる。70歳手前の2人はまだともに元気だが、今回のことで寿命を縮ませてしまったのではないかと申し訳なく思う。登山事故で子どもに先に死なれた親を何人も見てきたが、自分の親もそうさせてしまうとは・・・。

 手術中に便が出ないように、昨夜下剤を飲んだ。だがなかなか便意が来ないので、トイレに行ってしぼりだす。
 そのあと看護婦さんに手伝ってもらいながら、手術着に着替えた。T字帯というふんどしのような下着をつけ、2枚のバスタオルをマジックテープで合せただけのワンピースを身にまとう。それだけだ。すぐに裸になれる格好である。最後に、血栓症(エコノミークラス症候群)予防のためのストッキングをはいた。
 まだ部屋を出るまで時間があるので、体操をする。手術に向けて、一段ずつ階段を上るように集中していった。

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 8時20分、別の看護婦さんがやってきて、手術室へ向かうことを告げられる。どうやって行くのかと思ったら、当たり前のように自分の足で歩いていった。大きな入り口の前で両親に挨拶をして、母の求めに応じて握手をする。母と握手をするのは初めてだった。

 入り口のなかは待合室のようになっていて、その奥にいくつもの手術室があった。これから手術を受けるのだろう患者さんが何人もいた。5~6歳の女の子もいた。自分が怖気づくわけにはいかないと思った。
 しばらく待っていると、ついに名を呼ばれた。再び歩いて手術室へ入った。
 なかは意外に広く、そして雑然としていた。中央に、小さな細いベッドがあった。そこへ自分で上がって、仰向けになった。
 冷静さを装っていたが、これからどのような手順で何をされるのか細かくは聞いていない。今さらじたばたしてもどうしようもないと思う一方で、底知れぬ不安を感じていた。
「落ちつけ、落ちつけ」、と自分に言い聞かせる。
 頭上には、電球がいくつも埋めこまれた照明があった。ドラマなどでよく見るが、全体の直径が1m近くもあって思ったより大きい。周りには、器具などの準備をしている人が5~6人いた。手術室のなかはクーラーがきいていて、寒いほどだった。

 やがて助手のような人が何人か近づいてきて、心電図のモニターや血圧計をつけて、点滴の針を右手に何本か刺した。普段なら痛いだろうが、これから始まる手術のことを考えると、些細なことにしか思わない。
 そのあと、昨日会った麻酔科の若い美人の先生がやってきて、昨日の説明どおりに脊髄に針を刺し、麻酔の管を差しこんだ。1度目はうまく刺さらなかったようで、隣の偉い先生と話しながらもう1度針を刺し直した。不安だった。

 そこまで終わると、仰向けの楽な姿勢に戻った。
 やがて、「マスクをつけます」という声が聞こえた。
「これで眠ってしまうのですか」と問うと、「はい、そうです」という答えとほぼ同時に、マスクが口に当てがわれた。口の上に軽く置かれただけだったので、もっと密閉しないといけないのじゃないかと思っていたら、頭が軽くしびれるような感覚におそわれた。マスクをつけてから、10秒ほどしかたっていないだろう。
 その直後、何も考える暇もなく、意識がなくなった。

・・・・・・

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