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2011年7月 6日 (水)

影の正体

 前回の更新から、3週間たってしまった。
 6月15日に順天堂医院を受診して、手術の傷が順調に治っていることを確認し、その足で家族の待つ家へ帰った。ラッシュ時の電車に乗るのが心配だったが、すいている車両を選べば問題なかった。

 20日ぶりに自宅で会う妻と子どもたち。みな元気な姿で迎えてくれ、4人で夕食の卓を囲むことができた。
 本当に良かった。
 命の継続を心配することなくここに戻って来られたことが、心の底から嬉しかった。4月15日に腫瘤が見つかってからの2ヶ月間、大波に翻弄されたような家族だった。この日、再び日常に戻ることができたのだ。95%以上の癌からの生還という数奇な運命ではあったが、幸運な巡り合わせに感謝したい。

 この3週間は、たまっていた雑用をこなすだけで時が過ぎてしまった。だが、子どもたちと触れあう時間は、以前にも増して多かったと思う。6ヶ月を迎えたばかりの次男は、とにかく愛らしい。ころころ変わる表情や、かがやくような笑み、そしてこぼれて落ちそうなほっぺたを見ると、食べてしまいたいほどと本気で思ってしまう。
 天使と小悪魔が同居しているような年頃の長男は、留守中特にいい子にしていたようだが、入院したちょうどその頃に円形脱毛症になっていた。妻もあとから気づいて、愕然としたという。突然の父親の病気を知って、幼い心の容量を超えて感情を出すことさえできなかったのだろうか。一時はあきらめかけたが、この子たちの成長を再び見届けられると思うと、感無量だった。
 そして、家の一大事を足を踏んばって支えてくれた妻に、誰よりも感謝したい。病気がわかってから手術の日まで、以前と変わらず僕を信頼してくれた。それが病に立ち向かう大きな力になった。ありがとう、そしてこれからもよろしく。

 この間の特筆すべきことは、手術後1ヶ月となる6月27日に病理診断を聞きにいったことだ。
 手術中におこなった迅速病理診断は、確定的なものではない。手術後2~3週間かけて、切除した組織を顕微鏡や培養試験で調べて、最終的な病気の診断がでるという。手術で肺癌ではないことをほぼ確認したわけだが、この最終病理診断で結果がひっくり返る可能性も0ではないと聞いていた。だから、まさかの事態の覚悟もしつつ、緊張しながら診察室に入った。

 主治医のS教授が説明してくれたのは、以下のようなことだった。
・腫瘤(しゅりゅう)は、癌ではなく、抗酸菌感染症による肉芽種(にくがしゅ、異物などをとり囲む巣状の病変)である
 <手術後には「非定型抗酸菌」と聞いたが、最終診断は「抗酸菌」とのことだった>
・細菌の種類は「不明」だが、強いていえば結核菌だろう
・他の部位での感染はないので、菌を突きつめる必要はない(今後、菌が生えてくればわかるかも知れない)
・今後の化学療法(服薬)は必要ないだろう。次回は9月下旬にCTを撮る

 もうジョギングを始めてもいいし、海外渡航も問題ないとのことだった。
 心底ホッとした。緊張のため体に入っていた力が、空気のように抜けてゆく気がした。病との2ヶ月間の闘いがようやく終わった。

 抗酸菌とは酸性の脱色素剤に抵抗性を示す細菌グループのことで、結核菌と非定型抗酸菌(非結核性抗酸菌)に分けられるらしい。結核菌は人に移るが、非定型抗酸菌は人に移らない。どちらなのかはっきり知りたかったので、「不明」と言われたことは少々残念だった。

 今回の診察でもう1つの大きな成果は、切りとった肺の写真を見せてもらったことだ。
 切除した肺の実物を見せてほしいと手術前にお願いしたところ、細菌感染の恐れがあるので実物は見せられないが、写真ならば見せられるとのことだった。それがようやく叶った。その写真がこれである。

A2s_2                                写真1 切除した左肺舌区 

B2s                                 写真2 腫瘤付近の断面 

B4s_2                                写真3 腫瘤(肉芽種)の拡大写真 

 全体の色が黒茶色なのは、一度空気を抜いた肺を、ホルマリンでふくらませたかららしい。胸腔鏡(内視鏡)で手術中に撮影した肺の写真を見せてもらったが、それはきれいなピンク色だった。
 写真1が、切除した僕の左肺舌区である。肺全体の10%程度というが、実際の大きさは15cm×11cmあるので意外に大きい。そのなかの黄色い線に沿って切断したスライスが、写真2だ。癌と疑われた腫瘤が、矢印の先に見える。
 この写真を見たとき、「死を覚悟させたのは、こんなものだったのか」と拍子抜けするような感覚がした。癌と疑われるものなら、どす黒い毒の塊のようなものかと思っていたが、意外にも白く弱々しかった。

 この腫瘤は、「乾酪壊死巣を有する類上皮肉芽種」と、医学用語ではいうらしい。「乾酪」とはチーズのことで、腫瘤中央にある(細胞が壊死した)白い核のようなものがチーズのように見えることから、「乾酪壊死巣」と呼ぶ。このチーズ状の部分には、まだ生きた抗酸菌(結核菌)がいる可能性があるという。
 肺に抗酸菌が侵入した初期は、免疫作用によって菌を死滅させようとする。だが菌の力が強く死滅させきれないときは、白血球の一種である「類上皮」細胞が、菌を閉じこめて発症を妨げる、いわば次善の策をとるそうだ。その次善の策が完璧にはたらいて抗酸菌を隔離したものが、肉芽種と呼ばれる今回の腫瘤だった。
 「見えない影」の正体が、ようやく明らかになった。

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